2024信徒使徒職大会にご参加いただいた皆様へ

 

2024717

カトリック名古屋教区信徒使徒職協議会

 

主の平和

 

2024信徒使徒職大会にご参加いただいき、心より感謝申し上げます。68日に布池教会地下ホールで開催された大会は、皆様のご協力により大変実り多いものとなりました。

 

特に、能登半島地震の復興支援最前線でご活躍のカリタスのとサポートセンター長の片岡神父様による講演は、私たちに大きな刺激と学びをもたらしました。この経験を通じて、信徒協が大切にしている「聖霊の光に照らされ、正しいことを愛し、慰めに満たされる」という聖霊の祈りの言葉を、多くの信徒の皆様により深く実感できたことと思います。

 

皆様の積極的な参加と分かち合いは、教区の使命遂行に大きく貢献しています。今後も引き続き、互いに心を開いて聴き合い、自分のメッセージで語り合う姿勢を大切にしていきたいと願っております。

 

大会当日に募集いたしました能登半島地震支援献金55,000円は名古屋教区を通じてお納めいたしました。また同じく募集いたしました信徒協活動目的献金23,000円は大会運営費として使用いたしました。ありがとうございました。

 

これからも名古屋教区のすべての、信徒と多くの方々および活動団体の皆様と共に歩み、信徒使徒職の精神を実践していけることを楽しみにしております。今後ともご支援とご協力をよろしくお願いいたします。

 

 

祈りと共に

 

 

 

 

「聖霊、来てください。

信じる人の心を満たし、

あなたの愛の火を燃え立たせてください。

神よ、あなたの息吹を送ってすべてを造り、

地の面を新たにしてください。

神よ、あなたは聖霊の光によって、

信じる人の心を照らしてくださいました。

聖霊のうちにあって私たちが正しいことを愛し、

その慰めによって喜びに満たされますように。

私たちの主イエス・キリストによって。

アーメン。」

 

 

 

大会パンフレット  (PDF)

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今回は、カリタスのとサポートセンターのセンター長 片岡神父さまが、直接会場にお越しになり、約1時間ほどの講演会をしていただきます。

 

能登半島地震の復興支援の最前列で、懸命の指揮を担っておられます。

 

 

6月8日(土)午後1時から、布池教会地下ホールで「2024信徒使徒職大会」が開催されます。

能登半島地震は、カトリック名古屋教区にとって当事者の位置にあります。

多くの方のご参加を、お願いいたします🤲


 

(参考資料 1)

分かち合いとは

 

知識や考察、正しいとか間違っているという判断ではなく、今ここありのままの自分が感じている、心の動き(喜び、悲しみ、怒り、恐れなど)や、気づきを分かち合うこと。

互いに、ひたすら心をこめて聴き合うこと。肯定も否定もせず、解決も試みず、教えたり、指図したり、勧めたりもせず、ただ傾聴すること。

 

<分かち合いのルール>

  自分自身のことを分かち合います。人のことを話す場合も、その人との関わりの中で自分がどう感じたか、「私」メッセージ(「私はと感じた」と、一人称単数で語る)で話します。

  自分の考えや知識よりも、今ここありのままの自分が感じている、心の動きや気づきを分かち合うと、自分自身のことをもっとよく知ることができ、聴いている人にも伝わります。

  自分の内面をどこまで分かち合うかは、あくまで本人の自由であり、パスすることも可能です。

  分かち合いは聴き合いです。他の人が分かち合っているときは、ひたすら聴くようにし、口をはさんだり、好奇心で質問したり、自分が次に何を話すか考えたり、などしないようにします。

  決められた時間内でメンバー全員が分かち合うことができるよう、1人あたりの分かち合いの目安時間を始めに決めておく、あるいはアラームで知らせるなどの工夫をしましょう。ファシリテーターがいる場合、全員が同じくらい話せるように配慮し、メンバーは指示に従いましょう。

  分かち合われたことはその場限りのものとし、その分かち合いに参加したメンバー以外には話しません。他のグループと共有する場合も、誰が何を分かち合ったかではなく、要約して共有しましょう。

 

<分かち合いの実り>

・「今、ここで」自分が感じていることを表現できると、自分のより深いレベルに気づく。

・話す方も聴く方も、お互いを鏡として、自分の価値観、何を大切にしているかが明確になる。

・相手の話を心をこめて聴くと、相手の心の動きに敏感になり、共感できる人になる。

・人との交わりの中で、互いに生かされていることがわかる。 

 

分かち合いとは - カトリック東京大司教区 ウェブサイトより抜粋引用

 

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(参考資料 2)  

4、分かち合いを通して

愛の共同体である教会と家庭を支え育てていくために、『ともに喜びをもって生きよう-第1回福音宣教推進全国会議にこたえて-』で述べた「ともに」の精神、そしてすで に述べたその趣旨をいかす「共感・共有」が大切です。この精神と趣旨を育てる一つの 道として、第2回全国会議・答申「展望-福音宣教する日本の教会の刷新のために-」 (以下 、「展望」と略します)で提案されている「分かち合い」の意義を考察してみたいと思います。

 「ことばによる分かち合いにとどまらず、物や時間やお金などを含めて自分自身の痛 みをも伴う生き方を分かち合う、このような生き方が福音宣教の重要な柱として定着し ていくことが大切であり、さらに『福音宣教』と『分かち合い』との関係をより明確に していくことが求められています」と、「展望」は述べています。

 「分かち合い」には、貧しい人々、苦しんでいる人々とともに苦しみ、自分が受けた たまものをその人々とともに分かち合うことも、本質的な要素として含まれます。    「分かち合い」にはまず、同じ人間としての深い共感と共有がなければなりません。 その模範を示したのは、人となられた神であるイエス・キリストご自身です。

 わたしたちはこのキリストが、生活の現場でそれぞれ真剣に生きようと努力している 人、とくに困難な状況のなかでキリストに従おうと努力している人とともにおられ、声 をかけてくださっていると信じます。

 わたしたちが、キリストを中心にして集まり、心を開いて語り合うとき、キリストの 声はより力強く響きます。そうすれば、自分自身の状況を正しくわきまえるだけではな く、兄弟姉妹の立場にも正しい理解を示すことができるよう変えられることでしょう。 このようにして、わたしたちはともに重荷を担いながら、「展望」のいう「現実を識別 して(見分けて)生きる信仰者」として成長することができると思います。

 「分かち合い」は教会共同体全体の課題であり、わたしたち一人ひとりの課題です。 「分かち合い」が福音宣教とつながるものであってほしいと願っています。そのために は、「分かち合い」の神学的意義をさらに探究することが必要です。福音宣教とは何か、そして、いかに福音宣教すべきかの基準は、イエス・キリストご自身の生き方とその福 音宣教にあります。日々の祈りと体験、そして、聖書と教会の教えの学習を通して、こ の課題を追求していくことが、一人ひとりに切に求められます(注5)。

 

カトリック中央協議会ホームページ

「家庭を支え福音を生きる教会共同体の実現をめざして」より抜粋引用しました

 

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Q1.2024信徒使徒職大会ポスターの意味を教えてください。

A1.「名古屋教区100周年」の際に使用された標語とLOGOを使用いたしました。

マークの真ん中はハートを著しています。

 

Q2.ポスターにある、「A-GIFT」って何ですか?

A2.愛知(A)岐阜(G)石川(I)福井(F)富山(T)の頭文字で、名古屋教区一致のとりくみを著しています。

 

「a gift」は、新約聖書の原語であるギリシャ語では「カリスマ」と書かれています。英語の聖書では「ギフト」と訳されています。この「カリスマ」または「ギフト」は、神様が私たちに無償で与えてくださる素晴らしい贈り物や恵みを指します。賜物は、才能だけでなく、環境、機会、出会い、他者からの援助など、私たちに与えられるすべての恵みを含みます。

 

 

ダウンロード
2024信徒協大会日本語ポスタ-
どなたでもご自由にご使用ください。
多くの方のご来場をお待ちしております。
2024大会日本語ポスター.pdf
PDFファイル 963.3 KB
ダウンロード
2024信徒協大会英語ポスタ-
どなたでもご自由にご使用ください。
多くの方のご来場をお待ちしております。
2024大会英語版AAA.pdf
PDFファイル 904.5 KB

皆さんにお願いがあります。教区、ブロック、小教区、グループ、個人など多くの方に、上記「ダウンロード」ボタンから、ポスターをダウンロードして印刷していただき、広報をお願いいたします🤲

 

 

特に、今回は能登半島地震について当事者としての集いを企画し、その意味で200名規模の参加者を考えております。

 

また、外国信徒の方と「信仰での共生」を考えて、その意味で英語ポスターも作成いたしました。2枚共に掲示いただきますよう、お願い致します🤲

 

多くの方のご参加を、お願いいたします。

 

 

祈りのうちに